感染症による高熱で容体が急激に悪化し、先月末より危篤状態にあった
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(84)が4月2日午後9時37分(日本時間3日午前4時37分)、
ローマ法王庁内にて死去した。
祈りを捧げるためにサンピエトロ広場に集まっていた多くの人々は、
家族の一人を失ったような深い悲しみに暮れ、広場には法王の死を悼む歌が響き渡っていた。
「最後のときを(病院ではなく)バチカンの自宅で過ごしたい」という意思を示していたことから、
本人も覚悟していた死であった。法王は息を引き取る直前まで意識があり、
最期の言葉は「アーメン」だったという。
ローマ法王はポーランド出身の1920年生まれ。教師の息子だった。
9歳の頃に母親を亡くし、その後、兄弟も失い、ナチスの迫害に晒されるなど、
悲劇的な少年時代を送ったことで知られている。
1978年に急死した前法王ヨハネ・パウロ1世の後任として、
イタリア人以外では455年ぶり、共産圏出身者としては初となる264代法王の座についた。
58歳の若さだった。
ローマ法王は在位後、次々と法王の職を根本から変えていった。
カリスマ性があり、人を惹きつける魅力があった。
恵まれない生い立ちから堪え忍ぶことを説き、
貧しい国の人々や若者らに手をさしのべた。
成果はなかったものの、ユダヤ教に対する和解を求めることにも尽力した。
核兵器の廃止キャンペーンも行い、イラク戦争にも強く抗議した。
□【イタリア】 ローマ法王、同性愛者に対する罪は認めず
https://www.milkjapan.com/2000jn08.html
□【イタリア】 バチカン・ローマ法王の容体悪化、感染症で重体
https://www.milkjapan.com/2005jn21.html
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